昭和49年09月01日 特別奉修委員



 今ねご祈念中に、大黒様が打ち出の小槌を、高くこう振り上げておられる所を頂くんですよ。そしてね頂く事が叩く手で、擦ってきたからと頂きました。これはね例えば叩く手に使うのも、擦る手に使うのも自分の心。だから叩いたりねさすったりという、これは普通です。所が私の場合は、もう叩かんならん場合、むしろ叩き返すが本当だと言う様な場合でも、私はさすってきたです。それがね例えば人間の幸福の条件の、いわば全てがね、こう打ち出せれるおかげになってきた。
 信心とは徹する事だよ徹底する事。本当に喜びでと仰るから喜び始めたらもう、一切を喜びで受けれる工夫をしなければいけない。私がほんなら今日こうしておかげを頂いてきたのは、今例えばまあ大黒様と、神様が言うて下さるような、その徳というのはね、叩いても当然叩いてもいい様な時でも、叩く手に使わずに、さする手に使って来たと言う事。今、そんな事を頂きました。徹底する事信心はね。お徳を受けると言う事はそれです。
   どうぞ。